2009年9月13日日曜日

親戚の葬式を終えて

親戚が一人亡くなった。

身内の人間が亡くなるのは、小学生時以来で、今回の一件は色々と考えさせられた。

1つは、単純なことだが、人はいつか死ぬということ。そして、その「いつか」は、予測できないということだ。

僕の尊敬する織田信長の時代で「人生50年」。とすると、既に25才を超えている僕は、もう人生のターニングポイントを通過したこととなる。

残りの人生で、一体何をするのか。というか、何をしたいのか。このままダラダラ中小企業でサラリーマン続けることが違うのは、前々から気づいていることだ。

もう一つ考えさせられたのは、自分と両親についてだ。

亡くなった親戚は、まだ子供の3人いる母親だった。3人とも未成年だ。彼らはこれから母親抜きで生きていかねばならない。あまりにも早すぎる死だったと思う。

一方、僕はこの歳になっても未だに親と同居し、家事の一切を親にしてもらっている(最近、あまりしてくれなくなってきたが…)。今回の葬式に関しても何の知識もなく(御通夜と葬式の違いも知らなかった)、色々準備してもらった。更に、今日は一人で料理を作ってみたのだが、僕は「焼き飯」しか作れないことに気づいてしまった…。

親に甘えすぎというか、非常に情けない。

収入もそうだ。現在の安い賃金(最近、そんなに安くないのではと思ってきたが・・・)で余裕で生きていけるのは、親と同居しているからに他ならない。今一人暮らしをしたら、家事の面と収入の面で即死してしまうかもしれない。

これからのテーマは「自立」。もう、ちょっと勉強したくらいで、しんどいとか言っていられないな。

と、まとまりのない文章になってしまったが、僕は感じたことをすぐに忘れてしまう人間なので、念のためここに記録しておく。

僕は、いつ死ぬかわからないが、尊敬する大前研一先生のように、その時がくるまで、やりたいことに挑戦し続ける生き方をしていきたい。
 

おばさんのご冥福をお祈りいたします。




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