2019年12月11日水曜日

政策保有株式とWACC(ワック)

■政策保有株式の妥当性をどう評価するのか

2018年6月のコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の改定により、上場会社は以前より具体的に政策保有株式について、取締役会で議論する必要性が生じることとなった。具体的には、以下の通りである。

【原則1-4.政策保有株式】<抜粋> ※太字は筆者強調
毎年、取締役会で、個別の政策保有株式について保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである。

さて、ここで出てくる難しい単語が「資本コスト」である。この部分は実は東証からのパブリックコメントで具体的に説明がなされている。

東証パブリックコメント<抜粋> ※太字は筆者強調
「『資本コスト』は、一般的には、自社の事業リスクなどを適切に反映した資金調達に伴うコストであり、資金の提供者が期待する収益率と考えられます。適用の場面に応じて株主資本コストやWACC(加重平均資本コスト)が用いられることが多いものと考えられます。」

さて、再び難しい単語が出てきた。「WACC(加重平均資本コスト)」とは何ぞや。政策保有株式の何と比較するかは置いておいて、とりあえず「WACC(加重平均資本コスト)」が分からなければ、CGコードの求める取締役会の検証が行えないことが分かった。

ここでは、そんなWACCを求めなければならないのに、ワックという言葉すら聞いたことすらなかった私が、来年また調べ直す手間を省くため、自分でまとめておこうと思った次第である。会計や財務の専門家が書いた内容ではないので、その点は留意頂きたい。

※なお、上場企業の担当者であれば、あまり難しい数式など理解しなくても、裏ワザがあるので、以下の計算式は読み飛ばして、最後の「裏ワザ」まで進んで下さい。

さて、ワック=WACCはWeighted Average Cost of Capitalの頭文字を取った略称で、日本語では「加重平均資本コスト」となる。何を加重平均するのかというと、企業が株主と債権者に支払わなければならないコストを加重平均する。株主のコストを「株主資本コスト」、債権者のコストを「負債コスト」と呼ぶが、一般的には株主の方が債権者よりリスクを取っていることになるので、株主資本コストの方が高い数字が出る。

■WACCの計算式(公式)

WACCの計算式


経済産業省の資料から抜粋してきたのが上記の計算図で、アルファベットとか見るからに難解そうな感じがするが、実はこの式自体はそんなに難しいことを言っていない(但し、別途株主資本コストrEを計算する必要がある)。この式では、負債コストrDと株主資本コストrEを、それぞれの比率で単純に合算しているだけである。

よく分からない人でもrE(株主資本コスト)以外は代入するだけの簡単作業なので、とりあえず数字を調べて突っ込んでみよう。

D:有利子負債の合計
良く分からなければ、BSを持って経理部の人にどれが有利子負債なのか聞いてみよう。リース債務は有利子負債なので注意

E:株主資本の額(時価)
CGコード対応が求められるのは上場企業だけのはずなので、ヤフーファイナンスにでも自社の証券コードを入力すれば、時価総額が出ている。分からなければ、株価×発行済み株式数でも算出可能。

rD:金利
自社が金融機関から調達している資金の金利。経理の資金調達担当者に聞けば分かる。

tc:実効税率
経理部の税務担当者に聞けばOK。なお、rDに(1- tc)を掛けるのは、利息が税務上損金計上され、節税効果があるため。


では、株主資本コスト(rE)はどう求めるのかと言うと、これが少し難しい。


■株主資本コストの算出式

株主資本コストの算出式


株主資本コスト(上記図式では「自己資本コスト」と書いてあるが同じ意味)の算出ではCAPM(キャップエム)と呼ばれる理論を用いて計算する。これも、数式にアルファベットがたくさん出てきて嫌な感じがするが、WACCより少し難しい。ただ、数値を調べて代入するだけなのは変わらない。株主資本コストとは、個別の企業に対し、国債などリスクのない資産(リスクフリーレート)からどれくらい高いリターンが期待されているか、を個別株の感応度(株主資本ベータ)を反映させて算出した数値のこと、とだけ押さえておけばOK。

rf:リスクフリーレート
投資家が確実に期待収益率を予測できる資産である無リスク資産の期待収益率のこと。流動性の高い10年物の国債利回りを用いるのが一般的。10年物国債利回りはネットで検索すれば一発で出てくるし、もし出てこなければ、自社の主幹事の証券会社の担当者に聞いてみよう。

βe:株主資本ベータ
個別株式のリターンがマーケットのシステマティックリスクにどの程度影響されるかを表す指標。現時点では日本経済新聞のサイトから無料で入手可能だが、ロイターとかブルームバーグとか、この辺りはコロコロ変わるので、その都度ネットで調べてみて欲しい。日本証券取引所はJPXデータクラウドとして有料提供している。なお、これも分からなければ、主幹事の証券会社の担当者に聞いてみよう。

rm -rf:マーケットリスクプレミアム
株式市場全体の利回りと前述のリスクフリーレートとの差。投資家がリスク資産に要求する超過収益率のことであり、プレミアムと呼ばれる。算定方法としては「ヒストリカル・リスクプレミアム」と「インプライド・リスクプレミアム」の手法があるが、株式市場の過去の観測期間に基づいて算出する「ヒストリカル・リスクプレミアム」の方が一般的。ヒストリカル・リスクプレミアムは当然ながら観測期間によって数値は変動するが、僕が監査法人の方に聞いたところ、日本の株式市場1952年~2013年の統計データから算出した8.86%を用いるのが一般的とのこと。なお、この数値に関しても、有料で入手することはできるが、面倒であれば主幹事の証券会社担当者に聞けば教えてもらえる。


さて、これで全てのアルファベットの意味は理解できたので、後は調べてきた数値を代入するだけの簡単な作業である。せっかくなので、計算問題を作成してみた。

<例題>
以下の条件から、A社のWACCを求めよ。

・10年物国債利回り:0.01%
・A社のβe値:1.10
・マーケットリスクプレミアム:8.86%
・短期借入金:10千万円
・長期借入金:10千万円
・リース債務:10千万円
・A社の時価総額:10千万円
・借入金利:2.00%
・実効税率:30.58%

<解答>
1.まず株主資本コストを求める
株主資本コスト:rE=0.01%+1.10×8.86%=9.756%

2.先に求めた株主資本コストをWACCの式に代入する(千万円は省略)
WACC=30÷(30+10)×2.00%×(1-30.58%)+10÷(30+10)×9.756%=1.0413%+2.439%=3.4803%

※計算が間違っていたらごめんなさい。


■裏ワザ
βe値等、「主幹事の証券会社に聞くと良い」と度々書いているが、実は証券会社の人にストレートに、「当社のWACCを出して」と言えば、1日くらいで出してもらえる。面倒な計算が嫌な方はそちらでどうぞ。但し、証券会社であっても、会社の借入金利までは正確に把握していないので、計算式まで出してもらった上で、借入金利だけ経理部に聞いた数値を代入すれば、より正確な数値が出ると思われる。


で、本題に戻るが、こうして算出したWACCと何を比較するのか。CGコードでは「毎年、取締役会で、個別の政策保有株式について保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証する」ことが必要とある。WACCと比較すべきは「保有に伴う便益やリスク」ということだ。かなりファジーな表現がなされているが、政策保有株式を営業用資産としてとらえるのであれば、当該株式保有先からの営業利益ベースでのリターンで測定するのが妥当であろう。なお、日本の商社の雄、三菱商事の場合はCGコードで「個別銘柄毎に、取得価額に対する当社の目標資本コストに比べ、配当金・関連取引利益などの関連収益が上回っているか否かを検証しています」と書いてあった。配当金(インカムゲイン)も入れて考えても良いかもしれない。

では、参考までに私の場合はどうしたのかというと、いちいち保有先との取引額を調べて利益まで出すのは不可能だと思ったので、当該株式の簿価と配当利回りを比較して(悲しいことに全ての銘柄が自社のWACCを上回っていた)、その上で、「利回りも高い上、●●の取引を歴史的に行っているので保有継続とする」といったような作文で乗り切った。実務上はWACCより低かったとしても、株式を売却することなんてできない会社が多いんだけどね。CG報告書には、何とでも取れる他社例をそのままコピペして提出した。

なお、改めて書くまでもないが、私は会計の専門家でも企業価値計算のプロでも何でもないので、数式等に関しては一切正確性がないことを最後に強調しておきたい。

<参考文献>
・財務管理サービス人材育成システム開発事業:財務課題解決講義用スライド(中小企業庁)

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