先日、オンライン商談や営業電話における会話を自動で文字起こしするツールの紹介(営業)を受けた。単純に会話の文字起こしをするだけではなく、記録(議事録)や会話の内容解析まで行ってくれるという優れモノ。私の会社では、若手社員が商談や会議毎に数時間費やして議事録を作成して、そして上司がそれをチェックする・・・という時間が発生しているので、業務効率化の一環としては最適なサービスだと考え、一旦テスト導入してみることになった。
サービスそのものには問題はないのだが、少し引っかかったのが、このサービスを利用するにあたっての利用規約に書かれてあった以下の一文である。
“当社は、ユーザーに対する本サービスの提供、開発または改善のために必要な範囲において、ユーザーの音声データにつき複製、編集、解析、変換その他必要な処理をすることができるものとする”
※太字の部分は私が気になった部分
私は、この一文を読んで、法務担当者として少し違和感を覚えた。今回はその違和感の内容をまとめておきたい。
(ここからは推測の域になるので、同じようなビジネスをしている会社の人はクレームを入れて来ないで下さい)
1.音声認識AIの学習プロセス
音声認識システムの核となるAIシステムは、音声と文字の認識学習をする際、音声の正しい文字起こしを学習して精度を上げて行く必要がある。では、その音声の正しい文字化は、誰が判断するのかというと、それは当然「人」である。つまり、AIの学習において「人」の関与は必要不可欠であると思われる。
2.音声ビッグデータの取得先
次に、今回紹介を受けたようなシステムのAI学習を行う際のビッグデータ(音声)は、オンライン商談やWEB会議で蓄積される会話になるが、これは「通信中に発生した音声データ」という認識で間違いないだろう。上記の利用規約の“その他必要な処理”には、サービスを通じて集約された音声データを聞くという作業が入っていると思われる。
この2点から、「この会社では、AIの精度向上のため、音声を聞くという作業が入るのは間違いない」と思った。
3.通信の秘密の問題
ここで問題になると感じたのが「通信の秘密」との関係性である。
通信の秘密は、「通信の秘密は、これを侵してはならない」と憲法上で明記されている(憲法21条2項)。また、電気通信事業者は、「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」と通信の秘密を守ることが義務付けられるとともに、これに違反した場合には、三年以下の懲役又は二百万円以下の罰金が科されるおそれがある(電気通信事業法4条、179条)。なお、今回の業者は電気通信事業者として登録されている。
4.通話データ聴取の違法性
事業者が守るべき通信の秘密の具体的な内容は、以下のとおりとされている。
A 個別の通信にかかる通信内容
B 個別の通信にかかる通信の日時、場所、通信当事者の氏名等の個人識別符号
C 上記のほか、通信履歴など知られることで通信の意味内容が推知されるような一切の事項
通信中の音声データは、当然Aに該当する。また、Aは、秘密の侵害度が高いため、例外は認められ難く、警察による捜査のための通信傍受等法令に基づき実施されるようなものを除いては、利用すれば違法と判断される可能性が高いと言われている。
※通話内容以外であっても取得が認められるのは、料金請求のための通信履歴の活用等、業務に必須の事項と言えるような極めて例外的な事例に限られるとされている。
5.グレーゾーン?
上記1~4で判断すると、おそらくこの会社はAI開発において通信の秘密を侵していると思われる。
□ ■ □
さて、今回営業を受けた会社がこのあたりのハードルをどうクリアしているのか、もしくは業界内での暗黙の了解として、ブラックゾーンだけれども目をつぶっているのかは分からない。ひょっとしたら、AIの学習に通信中の音声データは利用していないのかもしれない(利用規約からその可能性はないと思うが…)。
WEB会議の文字起こしサービスは便利だし、今後もっと精度が上がれば生産性も向上するのは間違いないと思うけれども、電気通信事業者が通信で蓄積されたリソースを使って開発をするのは、危ういのではないか、と思った。
<参考>
・通信の秘密、個人情報保護について (総務省)
・電気通信事業法及び通信(信書等を含む)の秘密 (総務省)
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