2022年1月17日月曜日

ESOP信託とは何か

かつて、ESOP信託について簡単にまとめたブログを書いたが、今回、もう少し掘り下げた調べたくなったので、メモとして残しておきたい。

1.ESOP信託とは

従業員持株会型ESOP信託(ESOP=Employee Stock Ownership Plan)とは、従業員持株会の仕組みを応用した信託型の従業員インセンティブ・プランである。自社株式を活用した従業員の財産形成を促進する「福利厚生制度」の一環として、現在、約150社の上場会社が導入している。

※ESOP信託とは何か、というのは過去のエントリーも参考にして下さい。


2.ESOP信託の構造

 

ESOP信託

①会社(上場会社)は受益者要件を充足する従業員を受益者とするESOP信託を設定。
 
②ESOP信託は銀行から会社株式の取得に必要な資金を借入れ。当該借入にあたっては、会社がESOP信託の借入について保証を行う。
 
③ESOP信託は上記②の借入金をもって、信託期間内に持株会が取得すると見込まれる数の会社株式を、株式市場から予め定める取得期間中に取得。
 
④ESOP信託は信託期間を通じ、毎月一定日までに持株会に拠出された金銭をもって譲渡可能な数の会社株式を、「時価」で持株会に譲渡。

⑤ESOP信託は会社の株主として、分配された配当金を受領。

⑥ESOP信託は持株会への会社株式の売却による売却代金及び保有株式に対する配当金を原資として、銀行からの借入金の元本・利息を返済。

⑦信託期間を通じ、信託管理人が議決権行使等の株主としての権利の行使に対する指図を行い、ESOP信託はこれに従って株主としての権利を行使。

⑧信託終了時に、株価の上昇により信託内に残余の会社株式がある場合には、換価処分の上、受益者に対し信託期間内の拠出割合に応じて信託収益が金銭により分配される。

⑨信託終了時に、株価の下落により信託内に借入金が残る場合には、上記②の保証に基づき、会社が銀行に対して一括して弁済。


さて、ここでポイントとなるのは(理解しにくいのが)、持株会はESOP信託から「時価」で株式を買い取るという点だろう。ESOP信託は、信託設定時に一括して市場から株を買い取るので、仮に1株100円の時に市場で買い取ったならば、株式取得価格(及びその取得にかかった金銭)は、1株100円のままである。一方、持株会はこれを「時価」で買い取るので、信託設定時よりも株価が上がっていれば、信託内の株式を取得時より高く売ることができるので、信託内には利益が残ることとなる、一方で、信託設定時よりも株価が下がっていれば、信託内の株式を取得時より安く買い取られるので、信託設定時に銀行から借り入れた借入金を返せなくなる、という仕組みである。

株価が上がってESOP信託内に利益が残れば、その分は持株会の会員に分配するので、持株会の会員、つまり従業員はより一層頑張って働くし、仮に下がって借金だけが残ったとしても、会社が補填するので、持株会会員には負担がかからない、という理論である。

こうした点も踏まえたメリット・デメリットをまとめると、以下の通りとなる。



3.メリット

①従業員(持株会加入者)に強いインセンティブ効果
信託設定時より株価が上昇すれば持株会会員は分配金を得ることができるので、業績に対するモチベーションが上がる。

②安定的な大株主を得ることが可能
ESOP信託が大株主として設定されるので、安定的な大株主を1名得ることができる。
 
③自社株買いと同じ効果
ESOP設定時に株式市場から自社株式を購入するので、株価には一時的なプラスのインパクトがある。
 
④自社株買いを借入で行うことができる
ESOP信託は銀行から借り入れを行って株式を購入するので、会社は自社株買いのお金を市場に払う必要はなくなる。
 
4.デメリット

①業績低迷時に会社の損失が増加
株価がESOP設定時より下落した場合、会社は損失補填をしなければならない。一般的に株価低迷時=業績低迷時になるので、会社にとっては二重苦となる可能性がある。

②会計処理が煩雑
ESOPは、将来に損失が発生する可能性があることから、所定の要件を満たす限りにおいて、拠出金の総額を貸借対照表に計上しなければならない。有価証券報告書に注記も必要。

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さて、敢えてデメリットには書かなかったが、最大のネックとなるのは、導入費用であろう。懇意にしてもらっている信託銀行の担当者に聞いたところ、明確には教えてもらえなかったが、導入コンサル+初年度費用だけで約1,000万円必要だと言われた。

これらを総合して、ESOP信託を導入するべき会社というのは、以下の会社だと思われる。

①安定的な大株主がすぐに欲しい。
②十分な余剰資金がある

この結論から導き出される私の見解は、ESOPとは福利厚生制度ではなく、買収防衛策の一つだということだ。キャッシュリッチなのに安定株主が少ない会社は検討に値するのだろうが、それ以外の上場企業は、他の福利厚生に金を使った方が良いだろう。 


企業買収と防衛策 単行本 – 2012/12/6 田中 亘(東京大学準教授) (著)