2021年3月9日火曜日

資格取得制度の考え方

グループ内で事業売却を繰り返した結果、事業継続に必要な有資格者数が減少し、急遽資格取得に関する適切なインセンティブ制度が必要となった人はいないだろうか。 前提は置いておいて、私の会社ではこういう後ろ向きな形で資格取得推奨制度を導入することになった。論点はいくつかあったが、複数の項目について検討を行ったので、規程文例と合わせて紹介を行いたい。これから社内規程を作成する人の一助になると幸いである。
 
 
1.手当にするのか、一時金にするのか、費用負担だけにするのか【選択】
資格取得のインセンティブ制度として機能させるならば、何らかのメリットがないと従業員は自発的に勉強しない。どれだけの餌をぶら下げるか、を検討しなければならないが、
 
 毎月の手当 > 一時金 > 費用負担のみ
 
の順で勉強するインセンティブは小さくなる。私の会社の場合は、まずこの部分の設計で揉めた。手当をいくらにするのか等、金額設定はその次に考えるべきことだろう。
 
2.手当の問題点
会社として資格を取得してほしい社員が取得すれば問題はないが、手当は収入に直結するため、手当欲しさに業務とはあまり関係がないのに勉強を始める社員が一定数出てくる可能性はある。必要ない社員に支払う手当は、無駄金だ。これの解決策としては2点考えられる。
 
 ①該当資格の手当対象となる「部署」を絞る。
 ②取得時に「会社が認めた社員に限る」と限定する。

部署を絞った時点でかなり効果は高いが、更に会社が認めた社員と限定することで確実になると思われる。なお、②に関しては社員が資格試験へのチャレンジを開始する時点で合意する形が望ましい。
 
【規程文例】
( 対象者 )
第〇条 
以下①及び②に該当する社員を対象者とする。
① 会社から資格取得の要請を受けた社員
② 業務に関連する資格の取得を自ら希望し且つ会社が承認した社員

 
 
3.報酬(手当と一時金)を組み合わせる方法
取得報酬は手当か一時金か、というやり方では部門によって事情が異なり、話がまとまらないことがある(例えば建設業の許認可の関係で国家資格者が絶対に必要な事業部門と、そういったものが特に必要ない経理部では資格に対する概念が異なる)。その場合の解決策としては、以下の事例のように、まぜる方法がある。 

 ①最上位資格(会社として絶対に欲しい資格)=手当 + 一時金
 ②上位資格(必須でないが、業務上な資格)=一時金(又は手当) 
 ③推奨資格(社員のレベルアップにはつながる資格)=受験料負担のみ

こうすれば①最上位資格はプレミアム感が出る。
 
【規程文例】
( 資格取得の費用及び報奨に関する取扱 )
第〇条 
資格取得に要する費用の取扱いは、次の区分のとおりとする。
第1区分
 法令等の定めにより、事業運営上取得を必要とする資格。保有者には手当を支給し、取得者には一時金を支給する。
第2区分
 取得が事業運営上極めて有益であると判断される資格。取得者には一時金を支給する。
第3区分
 取得が事業運営上及び業務遂行上有益であると判断される資格。
 
 
4.受験費用の負担範囲と限定
会社として社員に受験を認めるのであれば、最低でも受験費用の会社負担は必要となる(それをするつもりでないならば、そもそも規程など必要ない)。受験料にプラスして、受験会場までの交通費や、場合によっては宿泊費、休日が試験日の場合は休日出勤とみなす等、受験に関する負担は全て持つような内容であれば、手当や一時金が出なくても、社員は資格試験に挑戦する価値があると感じてくれるだろう。
なお、中には資格を取得して即退職するような社員もいると思われる(転職に有利になるため)。そういうケースも想定するならば、例えば取得後3年以内の自己都合等による退職の場合は、会社の負担した金額を返還するような定めを置くことが考えられる。
 
【規程文例】
( 会社の費用負担と返還義務 )
受講・受験・交付料にかかる費用は、全て会社負担とする。但し、社員は資格取得後〇年間以内に「退職金規程」に定める自己都合等の理由で退職した場合は、当該費用は返還を行うものとする。

 
5.スクール等費用の負担まで行う場合
どうしても取って欲しいということで、会社が特定の社員にTAC等の資格スクールに通わせて資格を取らせるケースもあると思われるが、何十万円もの資格スクールの費用を会社が負担している時点で、一社員に対してかなりの過剰投資を行っていることになる。それにプラスして報奨金を出すとなると、一部の社員からは反発を食らうことが予想される。私の感覚としては、規程で社内稟議が必要となるような訓練費等を会社が負担した場合は、社員への報奨金は支給しなくて良いと考える。
 
【規程文例】
( 報奨金の支給 )
報奨金は、指定資格を取得した日の属する翌月度給与に別表の通り支給し、課税対象とする。但し、当該資格取得において、社外受講にかかる費用負担として受講料〇万円以上の補助を受けた者は、これを支給しない。

 
 
6.報奨金(一時金)と課税処理
資格試験合格後に従業員に報奨金(一時金)を払う場合、その報奨金は課税処理する必要があるのかどうか、についても顧問税理士に確認したので、参考までに掲載しておきたい。

結論は、非課税処理はできない。

資格取得等の費用に関して適正なものに関して課税しなくて差支えないとされている【所得税基本通達36-29の2】は、資格を取得するための費用を支給する場合のものであり、資格を取得した後に報奨金を支払う場合のものではない。したがって、資格取得後に支払う報奨金は、源泉徴収する必要がある。
なお、「規程を策定して、全従業員に周知すれば源泉徴収はいらない」というネット情報もあるが、税理士に確認したところ、通達にそのような記載はなく、根拠が不明と言われた。


7.同一労働同一賃金の問題
人事労務担当者であれば、福利厚生制度を作る際に、必ず意識しなければならないのが、「同一労働同一賃金の問題」である。例えば、この資格手当や取得一時金にかかる制度の対象を、就業規則に定める従業員に限定し、契約社員、アルバイト社員を含まないことは、同一労働同一賃金の問題が発生しないのか。
現時点の同一労働同一賃金に関する判例で、資格取得一時金が争われたものはないものの、厚労省のガイドラインによると含まれると判断でき、正社員に限定すると、均衡待遇違反になる可能性が高い。
最終的には、説明を求められた際の個別判断となるが、正社員のみに適用される合理的な理由を、例えば、社員の「長期的なキャリアアップ」を目的とすることも可能だが、十分な理由として成り立つかというと、かなり苦しいと思われる。


8.法令で必要な資格と難易度のバランス
法令で設置が必要となっている資格だからといって、例えば合格率が4割を超えるような「衛生管理者」の資格保有者にも一律で手当を設定するケースがある。報奨金や手当は資格難易度のバランスも考えた設定にした方が良いだろう。
 
 
9.保有者の管理(データベース化)
これは規程ではないが、意外に社員の保有資格を管理していない会社は多い。管理部とか人事部の任務怠慢だが、取得支援制度を整備するのであれば、データベース化も合わせて進めるべきであろう。
 
 
なお、今回の規程作成にあたっては、色々な人の意見を参考としたが、資格に対して手当や報奨金を支払うのは時代遅れだとの指摘もあった。受験料や講習受講料は全て会社負担とするが、報奨金は出さない。なぜなら、その資格は本人に帰属するものなので、資格が取得できた時点で十分本人のメリットになり得るという考え方である。また、資格取得は手当にならなくても、考課の評価対象の一つとすることで、給与に反映する手法も考えられるだろう。資格取得制度という一つの切り口でも色々と論点はあって、人事制度は難しいなと感じた。 


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