アルスラーン戦記を一言で言うならば、「王道」の中世王国騎士物語だ。主人公は大国パルスの王太子アルスラーン。楽勝かと思われた初陣で大敗し、敵国に王都を占拠され、命からがら生き延びる。主人公は剣技が優れるわけでも、戦術に通じているわけでもなく、普通なら逃亡の途中で捕まって人生が終わりそうなのだが、その人望に魅せられ非常に優秀な部下が集まり、破竹の逆転劇が始まる。数か月後には王都奪還が実行できるほどの大軍を連れて、敵国と激突…。
あらすじは、どこにでもありそうな王道ストーリーだが、主人公の出生の秘密や、王族の血縁関係、宗教、奴隷制度といった生々しい問題を上手く絡めており、主人公が精神的に成長していく(王らしくなっていく)過程が面白い。
ワクワクして、早く次が読みたくなるような面白さではないのだが、戦国モノにお決まりの残酷なエロシーンもなく、こういった騎士が騎馬に乗って激突するような王道の戦国騎士モノが好きな僕のような人間には、安心して楽しみながら読み進めることができた。また出て来る戦士たちは、皆それぞれカッコ良く描かれており、それも楽しめるポイントだ。
ただ、天邪鬼な僕としては、いくつかの疑問点がある。まず始めに、第一次アトロパテネ会戦後の王太子アルスラーンの討伐が手ぬるかったことだ。最初にカーラーン将軍が1000人規模で討伐して、それをあっさり(それも数名に)ひっくり返され、かつ将軍が打ち取られているのだから、それ以上の軍を起こして徹底的に叩いておくべきではなかっただろうか。なんせアルスラーンは反体制の旗幟になる人間、本人の能力は大したことがなくとも、祭り上げる人間に知恵があれば、将来的な脅威になることは間違いない。また、側近のダリューンは、「アルスラーン戦記」の世界では3本の指に入るくらいの強さを備えた戦士であり、彼一人を打ち取るためだけに、100人規模の特別部隊を編制しても大袈裟ではなかっただろう。無敵のパルス軍を破ったルシタニア軍としては、この辺りの対応が、あまりにお粗末ではないだろうか。と思っていたのだが、よく考えてみれば、第一次アトロパテネ会戦での勝利は、パルス側の将軍1名(それも参謀に近い)の裏切りと、銀仮面ヒルメスの活躍があったからの勝利であり、やはりルシタニアの人間はアホだった、という結論なのだろうか。そう考えると、リアリティがあるな。
あと、ストーリー序盤で(良く分からない理由で)仲間になったギーヴ(流浪の楽士)とファランギース(女神官)、どう考えても強すぎる。個人的には好きなキャラなのだが、世界観が崩壊するくらいこの二人が強すぎて、この二人に軍師ナルサスと無敵騎士ダリューンさえいれば、この世界では不可能なことなどないような気がする。逆に、ルシタニア側がかわいそうになるくらいである。
その他、エステルやタハミーネといった騎士や軍師以外のキャラも魅力的なところが、この漫画に飽きが来ない理由だろう。また、使われている言葉も「マルズバーン(万騎兵)」とか「ヤシャスィーン!(突撃!)」「宝剣ルクナバード」など、語感が妙にカッコいいのだ。
連載しているのが別冊少年マガジンなのでコミックの更新頻度は遅いが、原作の小説はまだまだ続いており完結していないので、これから「アルスラーン戦記」の新刊を楽しみにしたい。時間があれば光文社から出ている文庫本やアニメのDVDでも鑑賞してみようかな。