久しぶりの投稿が株式報酬関連になってアレだが、とりあえず調べる必要性が生じたので、まとめておきたい。
ことの発端は、株式報酬として譲渡制限付株式(RS)を支給されていた社員から、そろそろ到来する解除時の所得税がどうなるのか、という相談を受けたことだった。
原則として株式報酬として付与されたRSは、付与時には課税されず、譲渡制限解除時に給与所得として課税がされる。このときの課税額は、解除時の株価が根拠となる。幸いなことに会社の株価はRSが付与された時点より大幅に増加しており、それに伴って所得税も増えることとなるが、当然ながら社員は株式で納税できないので、納税のためのキャッシュ(現金)が必要となる。
であれば、解除のタイミングで株式を売却して現金化すれば良いではないかと思われそうだが、上場株式には「インサイダー取引規制」があり、内部者である社員はインサイダー情報を知っている場合は当然売却できないし、会社によっては自社の規程で「四半期決算発表日前の1か月間は売買禁止」などとルールが定められており、売却できないケースの方が多い。
そこで思いついたのが、「知る前計画」の利用である。今回、その制度概要を調べると共に、結局は使わないこととしたので、その理由も書いておきたい。なお、もしこの内容を参考される場合は、内容は本エントリー執筆時点のものであることにご留意頂きたい。
・知る前計画とは
上場会社の会社関係者等が未公表の重要事実(=インサイダー情報)を利用して、自社株式を売買するとインサイダー取引となり、当然ながら違法行為となる。知る前計画とは、その要件を満たして当該計画どおりに自社株式の売買を行えば、インサイダー取引規制の適用除外となる制度であり、「インサイダー取引を恐れるあまり役職員が自社株の売買を過剰に自粛することを緩和させること」を目的として導入された。
・知る前計画の要件
知る前計画を実施するためには、以下の3要件を満たす必要がある。
- 未公表の重要事実を知る前に作成した計画に基づく売買であること。
- 未公表の重要事実を知る前に計画の写し(株式売買計画書※)を証券会社に提出したこと。
- 計画の中で、売買の対象銘柄、売買の別、売買期日、期日ごとの売買の数量又は総額が定められているか、期日・数量等を決定する裁量の余地がない方法が定められていること。
※証券会社に提出する「株式売買計画書(知る前計画)」は、改ざん防止のため、原則として書面を封緘(ふうかん)した状態で証券会社に提出しなければならない。
・裁量の余地がない方法とは
期日とは一日を意味するため、売買期日について期限や期間など幅のある定め方は知る前計画の要件を充足しない。また、売買期日ごとの売買数量・総額についても特定しておく必要がある。
<認められる例と認められない例>
(「知る前契約・計画」に関するFAQ集 より抜粋)
・具体的な日付=「○年△月×日」
・複数の期日=「○年の毎月 20 日」
・「○年△月×日以降、東京証券取引所における終値が初めて●円を超えた日の翌営業日」
・証券会社等に売買の期日を一任する
【認められない「期日」の例】
・期限だけ=「△月×日までのいずれかの日」
・期間だけ=「△月×日から○月□日までのいずれかの日
【認められる「期日ごとの売買総額または数量」の例】
・具体的な数値=「総額○万円」
・具体的な数値=「△株」
・「○月▲日から□月×日まで毎営業日●株」
【認められない「期日ごとの売買総額または数量」の例】
・範囲だけ=「○株以上△株以下の範囲で」
・「○月△日から□月×日まで総額●万円/合計▲万株」
・知る前計画の保険効果
知る前計画の作成によっても売買を実施する義務は生じないため、知る前計画を作成・提出していても売買を実施しないことは可能であり、これは知る前計画の保険効果と言われている。なお、未公表のインサイダー情報を保有していなければ、当該計画と異なる期日・数量等で売買を実施することも可能である。
・社内規程の整備
内部者取引規程などの社内規程において、株式の売買時期・条件が付されていることがあるので、規程変更の必要がないか確認し、場合によっては規程の変更を行うことが望ましい。 (規程の文章変更例)
「役職員が重要事実等を知った場合は、その内容が公表されるまで、当会社の株券等の売買をしてはならない。」
→「役職員が重要事実等を知った場合は、法令により内部者取引規制の適用が除外される場合を除き、その内容が公表されるまで、当会社の株券等の売買をしてはならない。」
「役職員は当会社の決算期末日の20日前から決算発表日まで当会社の株券の売買を行っては
ならない。」
→「役職員は当会社の決算期末日の10日前から決算発表日まで当会社の株券の売買を行ってはならない。但し、知る前計画の実行として売買を行う場合はこの限りではない。」
<結論>
従業員には申し訳ないが、知る前計画の実施は見送ることにした。理由は以下の2点である。
①知る前計画(株式売買計画書)の作成等、事務局の負担が小さくないこと。
②株式売買計画書の締結不備等で知る前計画の要件を満たさない場合、発行体(つまり会社)がインサイダー取引規制に抵触するリスクが生じること。
よって、対象社員にはざっくりどれくらい所得税が増えそうなのか会社側で事前に算定しておいて、報酬が多額となる社員には納税資金を用意してもらうこととした。(所得税支払いは源泉徴収)
<参考>
「知る前契約・計画」に関する FAQ 集(東京証券取引所)
https://www.jpx.co.jp/regulation/preventing/insider/nlsgeu000001if9w-att/sirumaefaq2.pdf
RSをもらったら、「知る前計画」忘れずに!(東証マネ部!)
https://money-bu-jpx.com/news/article035817/