まず前提として「上場会社」の株式担当者向けに書いています。上場していない場合は内容が異なると思うので、あまり参考になりません。また、会社形態は「監査役会設置会社」を想定しています。
前置きが長くなりましたが、適当に項目別に書いていきます。
株主総会
このイベントが株式担当者にとって1年間で最大かつ最重要なイベントとなる。これを適法に終らせるためだけに1年間勉強するといっても過言ではない。
大半の上場会社は3月末決算、6月中旬~下旬株主総会総会のスケジュールで進めるのが一般的だ。新卒で株式担当に配属された場合、4月は新人研修、5~6月に配属され、配属1ヵ月後には株主総会が実施されることになり、流石に何の戦力にもならないだろう。よって1年目は先輩に言われたことをしっかりこなすだけでOKだ。2年目からは戦力として活躍できるよう勉強しておこう。さて、株主総会とは何か。教科書によく書かれてある言葉を借りると、株主総会とは「株式会社の最高の意思決定機関」である。こう書くと株主総会で何でも決定できそうな気がするが、この文章の対象者である上場企業の株式担当者にとっては少し注意が必要だ。会社法295条には次の通り書かれてある。
会社法 第295条この第2項に書いてあるように、取締役会設置会社にとっては万能の機関とは言えず、会社法に規定する事項および定款で定めた事項に限り決議する権限がある機関ということになる。
1.株主総会は、この法律に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項について決議をすることができる。
2.前項の規定にかかわらず、取締役会設置会社においては、株主総会は、この法律に規定する事項及び定款で定めた事項に限り、決議をすることができる。
では、具体的にどういったことを決議できるのかというと、剰余金の処分や取締役・監査役の選任、定款の変更などであり、これらは内容によって定足数や可決要件は異なる。詳しくは会社法の条文を読んでみよう。
株主は(例外を除けば)保有株式数に応じた数の議決権を持ち、これを行使することで上記の事項が決定されていく。この一連の流れを法律(会社法)に従って運営していくのが株式担当者の仕事である。よって、会社法の勉強は必須。会社法施行規則/会社計算規則まで含めて細部まで押さえておかないと思わぬ落とし穴に引っかかってしまうので、覚悟して勉強しよう。
なお、あまり考えたくはないが、手続上および内容上の瑕疵があった場合、違法な決議として無効、または取り消される可能性はある(会社法830条、831条)。
株主名簿管理人
株式会社は株主名簿を作成し本店に備え置かねばならないが、上場会社は株主名簿管理業務を株主名簿管理人に委託しているのが一般的だ。「株主名簿管理人」など聞いたことがないと思うが、三菱UFJ信託銀行や三井住友信託銀行に代表される信託銀行の証券代行部門や東京証券代行、日本証券代行(証券会社ではない)という証券代行専門会社が行っている。最近ではアイ・アールジャパンというIRコンサルティング専門会社も新規参入した。
これらの会社は名簿の管理業務だけではなく、株式実務の法務アドバイザーも兼ねていることが一般的。株式担当者向けの実務セミナーも度々開催されるので、都合が合えば積極的に参加しよう。たまに大学の教授や著名な弁護士を招いたアカデミックなセミナーもあり、学生時代はいかにサボるかを考えていた大学教授の講演を、真剣にメモするサラリーマンの光景は、ある種見物である。また、セミナー以外にも懇親会(研修会という名の旅行すらある)を開催しているところもあり、他社の株式担当者と知り合いになれる機会も作ってくれる。他社の株式担当者との人脈というのはかなり重要なので、こういう機会は大事にしよう。
株式懇談会
上場企業の株式担当者で構成される日本最大の組織が株式懇談会、通称「株懇(かぶこん)」である。場所によって東京株懇や大阪株懇に分かれており、本社の所在地によって所属する部会は異なるようだ。この会は、上場会社は入会必須というわけではなく、あくまでも自由参加の組織である。しかし、実務をやっていく上で重要な情報がリアルタイムで流れてくるのは確かなので、株式実務に不安があるようであれば参加することをお勧めしたい。
こちらも株主名簿管理人同様に実務者・学者を招いたセミナーが多く開催されるので積極的に参加しよう。特に、株主総会に関しては最新の重要な法律を全部網羅したレジュメが配られるので、実務担当者としては有難い。僕は、株懇の年会費の半分は、あの「決算事務日程」のスケジュール表をもらうためだけに払っているつもりだ。株懇の委員になれば色々な義務が生じるようだが、メンツを見る限り日経225に入るような一流企業からしか選ばれないようだ(あまり詳しくは知らない)。
商事法務
遂に2000号を突破した歴史と伝統と権威のある法務雑誌が旬刊「商事法務」だ。書店では手に入らず、定期購読によってでしか手に入らない(裁判所の書店では普通に売っていたが)。執筆人は一流の商法学者、弁護士がずらりと名を揃え、新しい法律が施行された場合は立法担当者である官僚による解説も行われる。商事法務以外にも法務雑誌は出版されているが、引用として商事法務の記事が使われることが多く、内容の「濃さ」は他の追随を許さない。
執筆陣がハイレベルであるので、当然ながら記事の難解さは一般雑誌とは比較にならないほど高い。読破するには相当な精神力・体力・気力が必要となる(これは冗談ではない)。わざとわかりにくく書いているのではないだろうかとすら思うような論文もあり、新人が読んでも半分も理解できないのではないだろうか。ただ、まともな株式担当者はまず読んでいると思って間違いない雑誌なので、万が一自社が購入していなければ、上司を説得して定期購読を開始することをお勧めしたい。
新人は読めそうなところから読み始めてみるか、上司にどこを読めばいいか聞いてから読んでみるといいだろう。個人的には、毎年2月号くらいから連載が始まる「株主総会の実務対応」から読んでみると良いと思う。なお、外国の法令解説もよく書いてあるが、僕は今まで読んだことがない。
※商事法務はやっぱり難しいという人へ
株主総会担当者にとって必須の書とはいえ、やはり初学者には商事法務は難しいことは間違いがない。最初はこのエントリーの最後にも紹介しているような初学者向け基本書でざっと学ぶことが王道なのだろうが、それではホットな法務ネタが抜けてしまう恐れがある。そこでお勧めしたい読み物が、日本経済新聞の法務特集記事である。日経新聞が毎週月曜日に特集している法務記事は、企業に影響の大きな法令改正等を、かなり分かりやすく、かつコンパクトにまとめてくれているので、この部分を読んで気になった法改正等を深堀するという対応を僕は行っている。新入生は新聞を読む習慣を付けることも含めて、毎週コピーを取って読むようにすることをお勧めしたい。
有識者たち
前述の商事法務や外部セミナーで有識者(法学部教授や弁護士)の名前を度々目にする機会があると思うが、とりあえず会社法の世界で有名な学者は江頭憲治郎氏、神田秀樹氏である。また学者ではないが、弁護士の中村直人氏や武井一浩氏、最近ではあまり名前を見かけないが、会社法の立法担当の一人である葉玉匡美氏などは有名だ。他にも色々いるので大型の本屋に立ち寄った際は一度会社法コーナーに立ち寄ってみて欲しい。権威の解説というのは強いもので、仮に会社法の解釈で上司と揉めた際でも「え、でも江頭先生は本にこう書いていますよ」と言えれば、新入社員であろうと大体キミの勝ちだ。
法定書類印刷会社
何と呼ぶべきかわからないが、株主総会招集通知や有価証券報告書などの法定書類の印刷を専門に事業展開している会社がある(メインは有報)。有名なのは宝印刷とプロネクサス(旧、亜細亜証券印刷)だ。なお、どちらも東証1部上場企業である。他にもあるらしいが僕はこの2社以外は詳しく知らない。この会社は単に法定書類を印刷するだけではなく、内容の法務チェックや慣習に基づいたアドバイスを行う点が一般の印刷会社と違うところだ。特に株主総会の招集通知は法定書類であるため、大半の上場企業は、この2社のこちらかの専門サービスを受けて瑕疵のないよう細心の注意を払って作成している。変な招集通知を作成してしまうと、後日行われる各セミナーで「代表的なミス」として日本中の上場企業株式担当者に晒されることとなるため、こうした法務チェックは大事なのだ。なお、これらの印刷会社も信託銀行等と同じく著名者を招いてのセミナーを開催していることがある。行ける限り、積極的に参加しよう。
ただ、最近では招集通知のカラー化、ビジュアル化に伴い、こういった専門印刷会社を使わない上場会社も増えてきているそうだ。理由は色々とあるだろうが、上場会社は3月末決算会社が多く、こうした書類の作成時期があまりに被るため(校了が5月に集中する)、専門印刷会社のレスポンスが遅く、作業効率が落ちる点や、最近の企業法務部の充実(企業内弁護士も増えた)に伴い、法務チェックは自前で対応可能となったことも、その原因のようだ。
証券取引所(金融商品取引所)
「定款の変更が上程されることが決定した場合は、適時開示を行う必要がある・・・」、こういったルールは証券取引所が定めており、所定の手続に従って開示手続や書類提出を行うこととなる。最近は何でもwebポータルから実行できるようになり、数年前と比べればかなりシステムの使い勝手は良くなった。昔のこういった東証のシステムは本当にクソだった。その他、「コーポレート・ガバナンス報告書」という、一般にはなかなか聞きなれない書類も、このwebポータルで作成・提出することになる。
開示手続の解説セミナーが年に何回か行われるのに加え、インサイダー取引に関するセミナーがやたらと開催されるのが証券取引所の特徴だ。インサイダーセミナーに参加すると、大抵「こんぷらくんのインサイダー取引規制Q&A」という冊子等、規程作成や社内研修(コンプライアンス関係)に役立つ資料がもらえるので、1年に1回くらいは冊子をもらう目的で参加しても良いと思う。 なお、東京証券取引所以外の取引所はどうなっているか僕は知らない。
ビジネス実務法務検定
法務という分野は「弁護士」「司法書士」といった国家資格を筆頭に色々と資格が存在するが、もし資格の勉強もしてみたいというのであれば、おすすめは「ビジネス実務法務検定」だ。 ビジネス実務法務は東京商工会議所が主催(つまり民間の資格)になり、行政書士や宅建と比べて知名度は低いが、より実務に近い法務分野での出題になるため、特に法学部を出ていないような人や、法学部は卒業したものの、ビジネス分野の法律は一切勉強しなかったような人がざっと勉強するにはお勧めである。(はっきり言って、2級までは難しくない)
なお、手前味噌ではあるが、かつて僕がまとめた勉強法の記事が、未だに根強くアクセス数があるため、気になった人は読んでみて欲しい。
>ビジネス実務法務検定試験2級に合格する方法
英語力
これは必須ではないが、最近では企業のグローバル化に伴い、英文の招集通知を作成する会社も増えてきた。作成は翻訳会社に丸投げするにしても、そのチェックは自前で行う必要があるので、ある程度の英語力は必要となる。
英文の招集通知は法定されたものではないので、作成している会社は少数ではあるものの、コーポレートガバナンス・コードの影響もあり、今後は増えていくと思われる。もし会社でTOEICの受験が義務付けられているなら、人事命令の必須スコアギリギリを目指すのではなく、気合を入れて700点~800点オーバーを目指して勉強した方が良いだろう。
僕の個人的な感覚ではあるが、株式実務を担当している人は英語を苦手としている人が多いように感じるので、英語がある程度できれば、1年目社員でもそれなりに重宝されるだろう。いくら大学の法学部で会社法をしっかり勉強してきた人でも、法律の知識で株式実務を10年担当してきたベテラン社員に勝つことはなかなか難しいが、英語でなら新入社員でも上司に勝てる可能性が高いことを付言しておきたい。
なお、これも手前味噌ではあるが、かつて僕がまとめた英検の勉強記事が、未だに根強くアクセス数があるため、気になった人は読んでみて欲しい。
>英検準1級に合格する方法
新任担当者へのお勧めの書籍
小林章博
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別途詳しく書こうと思うので、ここでは簡単に紹介するが、本書は表紙とタイトルとは裏腹に、実に良くできた株式実務入門書である。株式実務というのは、会社法が軸になってはいるものの、法律と実務の間が結構広くて、その間をどうやって埋めていくのか、理解していくのかが難しいのだが、この本はベテランである部長が新人のゆいちゃんに指導する中で、丁寧にその隙間を埋めていってくれている。対話形式なので、さらっと読めてしまうが、一般的には実務担当者が3年くらいかけて理解していく内容なので、何回も繰り返し読むことがお勧めである。また、この手の入門書は条数(会社法○○条)を書いていないことが多いが、本書は条数どころか条文まで丁寧に書いてあり、かゆいところに手が届くというか、株式実務担当者の気持ちが良く分かっていると感心させられる作りになっている。
なお、本書に出てくるゆいちゃんの働く会社は上場企業ではないが、そんなことは気にする必要はない。特に新人は、この本で条文が出てきたら、ゆいちゃんになったつもりで会社法の条文を引きながら読むと、効果は絶大だと思う。とりあえず、買え。
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